
タイの日系企業で25年間働いてきた僕も、あと3年ほどで定年です。ワークパーミット(労働許可証)は会社が用意してくれていましたが、退職と同時に返上することになります。そうすると、いま持っているノンBビザも切れます。
定年後もタイに住み続けるのか、日本に戻るのか、それとも二拠点にするのか。そしてどのビザで滞在資格を確保するのか——これは近くにいる先輩たちの間でも、いま一番よく話題になるテーマです。
というのも、この数年で最適解が構造的に変わりました。ざっくり4つの要因があります。
- ビザなし入国が60日から30日へ短縮の見込み(2026年5月に閣議決定、官報公布待ち)
- タイの持ち込み課税ルールの厳格化(2024年1月から。国外源泉所得を送金すると課税)
- DTV(Destination Thailand Visa)の登場(2024年7月。海外向けリモートワーク公認の5年ビザ)
- 日本側の非居住者に対する金融の締め付け(証券口座・NISA・銀行KYCなど)
昔なら「タイのリタイアメントビザを取って、80万バーツを預けて、あとは1年ごとに更新すればいい」で片づいた話でした。でも今は、就労するかしないか、税務上どこに住むか、日本の金融をどう維持するか——このセットで設計しないと後で困ります。
この記事では、2026年時点の主要な選択肢を並べて、僕がいま定年後の設計を考えるならどう選ぶか、というのを整理しました。個別の詳細記事にも順次リンクを張っていきます。
目次
まず前提:滞在資格・就労・税務は3点セットで考える
定年後のタイ生活を設計するとき、この3つは切り離せません。
- 滞在資格:どのビザで、何日まで、何回入れるか
- 就労:講師業・副業・海外向けリモートワークが認められるか
- 税務:暦年180日以上タイにいると、タイの税務居住者になる。ここに持ち込み課税が絡む
例えば「就労は一切しない」なら選択肢は広がりますし、「日本のお客さん向けにリモートで少し働きたい」ならDTVが選択肢に入ります。「タイの人向けに講師業を続けたい」なら、選択肢はLTRかノンB+ワークパーミットの2択に絞られます。
税務も同じで、年180日未満に抑えれば非居住者になるので、そもそも持ち込み課税の話が消えます。二拠点にする意味はここにもあります。
順に選択肢を見ていきましょう。
選択肢1:リタイアメントビザ(Non-O / O-A / O-X)
定年後のタイ移住といえば、まず名前が挙がる定番です。50歳以上が対象で、3つの類型があります。
- Non-O:タイ国内で取得し、1年ずつ延長
- O-A:日本の在日タイ大使館・領事館で事前取得。健康保険加入が必須
- O-X:対象国籍向けの最長10年ビザ。高資産要件
資金要件は、タイの銀行に80万バーツ以上を申請前3ヶ月から維持、または月収65,000バーツ相当、または40万バーツ預金+年金収入の組合せ。
一番のポイントは就労が一切できないことです。ワークパーミットは取れません。日本人学校での講師業、日本語ガイド、副業——全部アウトです。「無償なら大丈夫」でもありません。定年後に少し稼ぎたい人にとって、この一線は意外に大きく感じるはずです。
O-Aは健康保険が必須で、これが55〜65歳で保険料がぐっと上がります。年次更新・90日ごとのイミグレーション報告も必要です。
詳しい要件と落とし穴(80万バーツの拘束、O-Aの保険料、90日レポート、持ち込み課税との組み合わせ)はこちらの詳説記事にまとめました。
→ タイのリタイアメントビザ完全ガイド【2026年版】80万バーツ預金・月収65,000バーツの要件と、意外と知らない落とし穴
選択肢2:LTRビザ(Long-Term Resident)
2022年にBOI(タイ投資委員会)が導入した10年ビザ(5年+5年)です。90日ごとのイミグレ報告が年1回でよくなるのと、国外源泉所得への個人所得税が免除されるのが実務上の目玉です。
区分は4つ。
- Wealthy Global Citizen:総資産100万USドル以上+タイ投資50万USドル以上
- Wealthy Pensioner:50歳以上+非労働所得(年金・利子・配当)年8万USドル以上
- Work-from-Thailand Professional:海外雇用主から年8万USドル以上
- Highly-Skilled Professional:対象産業の専門家、年8万USドル以上。個人所得税17%フラット
2025年2月にBOIから告示(Por.3/2568)が出て、Wealthy Global Citizenの年収要件が撤廃されるなどの緩和がありました。さらに2026年6月にはHighly-Skilled Professionalの対象産業が大幅に拡大されています(石油化学・化学、国際ビジネスセンター、学者・教授職などが追加)。窓口も2025年3月からOne Bangkokの6-7階にTIESC(Thailand Investment and Entrepreneur Support Center)として一本化されています。
政府手数料は50,000バーツ(10年分)。共通の保険要件として、健康保険5万USドル以上、または預金10万USドル12ヶ月維持、または自国の公的保障で代替、いずれかを満たす必要があります。
「WealthyPensioner」の非労働所得年8万USドル(=月約100万円)は、多くの日本人にはハードルが高めですが、資産の組み替え(配当・利子への振り替え)で届く水準の方も一部いらっしゃると思います。届くなら、就労可・税制優遇・年1回報告と、快適さでは頭ひとつ抜けます。
なお2025年2月の緩和以降、要件金額と50,000バーツの政府手数料は据え置きのままです(2026年時点)。
選択肢3:DTV(Destination Thailand Visa)
2024年7月に導入された新しいビザです。5年マルチプルエントリー、1回の入国で180日まで滞在できて、イミグレで+180日の延長も可能(1,900バーツ)。ビザ費用は10,000バーツ、資金要件は50万バーツ(約215万円)の預金証明です。
就労のルールがこれまでのビザにはない設計になっています。
- 可:タイ国外の雇用主・クライアント向けのリモートワーク、タイ国外登録のオンライン事業の運営
- 不可:タイ登録企業への就労、タイ人・タイ法人向けの業務(単発でも)、タイ国内会場での指導・研修
「契約と収入がタイ国外に基づく」ことが基準です。ワークパーミットは取れませんが、海外向けのリモートワークだけなら明示的に合法、というのが特異なところ。
2026年に入って運用が少し厳しくなりました。50万バーツは3ヶ月の預金熟成(seasoning)が必要になり、申請直前の一括入金は自動リジェクトされます。全在外公館がe-Visaポータルに一本化され、タイ国内からの申請はIP・GPSで自動的にはねられます。タイ語学校への就学もソフトパワーカテゴリから外れました。
もうひとつ大事な点として、タイの銀行がDTV保有者の口座開設を拒否する事例が2026年に多く報告されています。既存口座も定期レビューで閉鎖を求められるケースがあるようで、マネロン監視の強化が背景です。長く住むならDTVよりプリビレッジやリタイアメントに切り替えるほうが現実的、という論調も増えています。
DTVは「タイに住みつつ働き続ける」ためのビザではなく、「日本に生活拠点を残しつつ、タイに長期で通う」ためのビザだと割り切ると、いちばん力を発揮します。詳しい設計はこちらでまとめました。
→ DTVビザで日本とタイの二拠点生活【2026年版】定年後は「住み続ける」より「通う」が正解かもしれない
選択肢4:タイランドプリビレッジ(旧タイランドエリート)
2023年末にリブランドして、2024年1月から新体制になりました。2026年時点で4プランがあり、標準のゴールドは5年・90万バーツ(約450万円)です。期間限定の廉価な「ブロンズ」は2026年9月30日で販売終了予定と案内されています。
空港VIP送迎、専用レーン、更新事務なし——「お金で手間を買うビザ」です。就労は不可。金額を出してでも面倒な手続きから解放されたい方、あるいは今後のビザ環境の変化に振り回されたくない方向けです。
選択肢5:ノンBビザ+ワークパーミット(参考)
定年前と同じく、タイ法人に雇われるか、自分で法人を設立する正攻法です。登録資本金は200万バーツ/外国人1名、加えてタイ人従業員4名/外国人1名という「4:1ルール」があります(タイ人配偶者がいれば資本金は100万バーツに軽減)。
定年後に個人の講師業や小規模事業のために維持するにはかなり重い枠組みです。「そこまでしてタイで働く必要があるか?」を先に自問することになると思います。
選択肢6:ビザなし入国
2024年7月から日本人は60日のビザなし入国が可能(イミグレで+30日延長可、最大90日)です。ただし2026年5月19日の閣議で、これを30日に短縮することが決まりました。日本を含む54ヶ国が30日リストに移されます。
2026年7月時点で官報にはまだ公布されていません。公布から15日後に発効するので、しばらくは60日が使えますが、年内には切り替わる可能性があります。「ビザなしで長めに」という選択肢は、今後は補助輪程度のものになる前提で設計するのが安全です。
選択肢7:APECビジネストラベルカード(ABTC)
これは滞在資格ではなく、頻繁な短期商用往来を楽にするカードです。審査に通れば、タイを含むAPEC参加国で専用レーン入国ができます。2024年4月から日本でもバーチャル版の運用が始まりました。
日本人の交付対象は貿易・投資実績のある企業の経営者・従業員などで、個人事業主が要件を満たすかは個別確認になります。長期滞在の代替にはならないので、「短期商用の頻度が高い人が、リタイアメントやDTVと組み合わせるオプション」として位置づけると分かりやすいです。
税務:180日ルールと持ち込み課税を必ずセットで考える
ビザの選択と切り離せないのが、タイの税務ルールです。ざっくり2点だけ押さえておきます。
1. 暦年180日以上タイにいると、タイの税務居住者になる(歳入法典41条)。全世界所得ではなく、あくまで「タイに持ち込んだ国外所得」に対する課税ですが、この居住者判定が入口になります。
2. 2024年1月から持ち込み課税のルールが厳しくなった(Por.161/2566)。従来は「稼いだ年と同じ年に持ち込んだ国外所得だけ課税」だったので、翌年以降に持ち込めば非課税でした。改正後は持ち込んだ年を問わず課税されます。累進税率0〜35%(8段階)です。
ただし救済もあります。
- 2023年12月31日以前に発生した所得は、いつ送金しても非課税(Por.162/2566のグランドファザリング)
- LTRのWealthy Global Citizen/Wealthy Pensioner/Work-from-Thailand Professionalの3区分は、国外源泉所得への個人所得税が免除(王室勅令743号)
- 年180日未満に抑えれば、そもそもタイの税務居住者にならない(=この問題自体が消える)
2025年に「発生年+翌年内の送金は免税」とする2年猶予の緩和法案が提案されましたが、国会解散で棚上げになり、2026年2月の総選挙後も進展未定です。現行は厳格ルールのままと考えて設計しておくのが安全です。
タイに住み続けるなら、「2023年以前の蓄えの送金」と「2024年以降の所得の送金」を口座を分けて管理するのが実務的です。
比較表:これだけ見比べれば大枠が掴める
| リタイア(O系) | LTR | DTV | プリビレッジ | ビザなし | |
|---|---|---|---|---|---|
| 期間 | 1年更新 | 10年(5+5) | 5年(180日/入国) | 5〜20年 | 30〜60日/入国 |
| 年齢 | 50歳以上 | 区分による | 20歳以上 | なし | なし |
| 初期コスト | 低(保険別) | 5万THB | 1万THB+預金証明50万THB | 90万THB〜 | ゼロ |
| 就労 | 不可 | 区分により可 | 海外向けリモートのみ可 | 不可 | 不可 |
| 税制優遇 | なし | 国外所得免税あり | なし | なし | (非居住なら課税なし) |
| 90日レポート | あり | 年1回 | 90日超で発生 | あり | 実質なし |
| 主な弱点 | 就労不可・預金拘束 | 要件が高い | タイ国内業務は不可 | 高額・就労不可 | 30日化で先細り |
選び方の4つの基準
どれを選ぶかは、次の順番で考えるとすっきりします。
1. タイ国内で働くか?
Yesなら、LTR(就労可の区分)かノンB+ワークパーミットの2択。それ以外のビザではタイ国内向けの業務はできません。
2. 年180日以上タイにいるか?
Yesならタイの税務居住者になるので、持ち込み課税の設計が必須。免税のLTRか、口座を分けた送金管理か、どちらか。Noなら非居住者になるのでタイ側の税務は基本的にシンプルです。
3. 日本の金融インフラをどこまで使うか?
証券口座・NISA・銀行KYC・マイナンバー連携——これらは日本非居住だと年々厳しくなっていて、続けたいなら日本拠点に戻す価値が出ます。二拠点型のもう一つの根拠がここです。
4. 手間とお金のどちらを優先するか?
手間を金で買うならプリビレッジ、要件を満たせるならLTR、身軽さと安さならDTVかリタイアメント。
ユースケース別のおすすめ
実際にはこの3パターンに分かれると思います。
パターンA:タイに住み続けて、現地で仕事も続けたい
講師業や現地サービスなど、タイ国内で報酬をもらう仕事を続けたいケース。
→ LTR(Wealthy Pensioner)が本命。非労働所得の年8万USドルが用意できれば、就労可・免税・年1回報告と快適さは頭ひとつ抜けます。準備の課題は「非労働所得の作り方」で、配当・利子への資産組み替えが実際の宿題になります。
→ 届かなければ、法人設立+ノンB+ワークパーミット。維持コストは重いので、それだけの収入が見込める場合に限られます。
パターンB:タイに住み続けるけれど、仕事はしない(年金・資産生活)
定年退職して、これからは年金と貯えで暮らすというケース。
→ リタイアメントビザ(Non-O/O-A)が最安。80万バーツの拘束と、O-Aなら健康保険料が課題です。持ち込み課税は、2023年以前の蓄えと2024年以降の所得の送金を口座で分けて管理。
→ 資産があってLTRのWealthy Pensionerに届くなら、免税+年1回報告で快適さを買う選択もあり。
パターンC:日本に拠点を戻して、タイへは年180日未満で長期滞在(二拠点型)
定年を機に日本に生活の本拠を戻す。ただしタイにも家族・友人・趣味があるので、通い続けたい——というケース。
→ DTVが本命。海外(日本)クライアント向けのリモートワークは合法、5年間の再申請不要、1回180日は二拠点には十分。ビザなし枠は30日化を見込んで補助輪程度に。税務は日本居住者として日本で申告するので、NISA・証券・マイナンバーの問題も解消。タイ非居住なら持ち込み課税も無関係。
→ 唯一の注意点は「タイ国内向けの業務・対面サービスは一切不可」の一線をきちんと守ること。ここを踏み外すと退去強制のリスクがあります。
住民票を戻す実務はこちらで整理しています。
→ 日本から海外に転出するとき、住民票を抜く/抜かないのメリット・デメリット【2026年版】
Wealthy Pensionerの「非労働所得の作り方」につながる資産配分の話はこちら。
→ タイで働く人の理想のアセットアロケーション(資産配分)を考えてみた
まとめ:ワークパーミットを失うタイミングは、年金申請のタイミング
ここまで書いてきた選択肢のどれを選ぶにしても、会社を退職してワークパーミットを失う瞬間は、いくつもの手続きが同時に走る節目になります。
- ノンBビザから、リタイアメント/LTR/DTVなどへの切り替え
- 健康保険・社会保険からの脱退
- 日本の住民票をどうするか(抜く/戻す)
- タイの銀行口座・タイの証券口座の扱い
- そして——タイの社会保険から出る年金一時金の申請
タイで働いていた日本人が受け取れる社会保険の年金一時金は、会社を辞めて社会保険の脱退手続きが完了した後に申請できます。ビザの切り替えと時期が重なるので、退職前の早めのタイミングで一度全体を整理しておくのがおすすめです。
僕自身、この年金一時金の申請サポートを長年やってきました。定年退職された方の申請代行や、社会保険番号が分からない方の記録調査もお引き受けしています。
→ タイで働いた日本人がもらえる年金一時金の解説と診断ツール
以上、2026年時点でのタイ長期滞在ビザの全体像でした。個別の詳細はDTV編・リタイアメント編のリンク先で。制度は思ったより速いペースで動くので、実行前にはご自身でも最新の一次情報を確認してくださいね。
※この記事は2026年7月時点の情報です。ビザ制度・税制は変更されることがあります。実行の際は必ず最新の一次情報(BOI公式、タイ外務省、在日タイ大使館など)をご自身で確認してください。


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