タイ・ランシットのデパートが寿司の戦国時代になっていた話

近所のデパートが寿司の戦国時代になっていた話

タイのバンコク郊外、ランシットという街に住んでいる。

最寄りのデパートはフューチャーパーク・ランシット(Future Park Rangsit)。週に何回かは行く、生活の一部みたいな場所だ。食事もここで済ませることが多い。タイはそもそも外食文化が強くて、デパートのレストランフロアが日常の食卓みたいなものなんだよね。

で、気がついたら、このデパートが「寿司の戦国時代」になっていた。

スシローがやってきた日

たしか5年くらい前、コロナが始まった頃だったと思う。フューチャーパークにスシローがオープンした。

当時はコロナの真っ只中で、デパート自体に人がいなかった。スシローもガラガラだった記憶がある。「日本の回転寿司がタイに来たのか」くらいの感想で、正直そこまで気にしていなかった。

それが、いつの間にか状況が一変した。

今のスシローは、平日でも2時間待ちだ。休日なんてもっとひどい。受付機で番号を取って、フードコートで時間をつぶして、呼ばれるのを待つ。正直、寿司を食べるためにそこまでするのかと思うんだけど、タイの人たちは待つ。すごい人気なんだよね。

気づいたら3店舗になっていた

スシローだけでも驚いていたのに、2025年の12月には美登利寿司(活美登利)がオープンした。東京の梅ヶ丘にある行列のできる寿司屋のタイ版で、職人さんが握ってくれるプレミアム路線だ。こっちもけっこうお客さんが入っている。

そして2026年1月末、はま寿司がオープンした。

バンコク郊外のデパートに、日系寿司チェーンが3つ。いくらなんでも多くないか。

日経新聞も「タイですし戦国時代」と報じているくらいだから、僕が現場で感じていることは間違いじゃなかったようだ。

はま寿司に行ってきた ── スシローとの比較

今日、はま寿司に初めて行ってきた。率直な感想を書いておく。

まず安い。スシローは最近値段が上がっていて、気がつくと1皿60バーツくらいのものを取ってしまう。はま寿司は40バーツの皿が中心で、財布に優しい。スシローの高級皿は120バーツまであるけど、はま寿司は80バーツが上限だ。

それから、空いている。スシローの2時間待ちに慣れた身からすると、すんなり入れるだけでもう感動する。オープンしてまだ1ヶ月だから認知度が低いんだろうけど、今のうちに通っておきたい気持ちがある。

あと、これがけっこう面白いんだけど、はま寿司は「流れない寿司」なんだよね。タッチパネルで注文すると、レーンで直接自分のところに届く。グルグル回っている皿を取る従来の回転寿司じゃない。醤油も4種類あって(だし醤油、昆布醤油、ゆずぽんず、濃い口醤油)、細かいところの体験がスシローより一歩先を行っている感じがする。

僕の結論としては、しばらくはま寿司に通うつもりだ。安いし、空いてるし、システムも新しい。

なぜ日本の寿司チェーンがタイに殺到しているのか

ここからは、なぜこういうことが起きているのか、もう少し掘り下げてみたい。

日本側の事情:国内市場が頭打ち、海外が儲かる

日本の回転寿司チェーンがタイに来る一番の理由は、シンプルに「海外の方が儲かるから」だ。

スシローの親会社であるFOOD & LIFE COMPANIES(F&LC)の決算を見ると、その構図がはっきりわかる。2025年9月期の売上は4,295億円で過去最高。そのうち海外スシロー事業が1,314億円と、前年比42.6%増という驚異的な伸びを見せている。売上の3割がすでに海外だ。

しかも重要なのは利益率で、海外事業の営業利益率は12.4%。これは国内事業の6.8%の約2倍にあたる。つまり海外に出せば出すほど、会社全体の利益率が上がっていく構図ができあがっている。

スシローのタイ法人だけ見ても数字がえぐい。

売上 純利益 利益率
2023年 18.9億バーツ 1.72億バーツ 9.1%
2024年 29.0億バーツ 3.69億バーツ 12.7%
2025年 47.3億バーツ 7.28億バーツ 15.4%

3年で売上2.5倍、利益4.2倍。利益率も年々上がっている。飲食業でこの数字はちょっと異常なくらいだ。そりゃ他社も参入したくなるよね。

スシローは2025年2月に海外200店舗を突破して、2026年9月期には310~320店舗まで拡大する計画を立てている。中期経営計画では海外売上比率を35~40%に引き上げると宣言していて、「史上初めて海外出店数が国内を上回る年」になる見込みだ。

一方、はま寿司の親会社であるゼンショーホールディングスは、さらにスケールが大きい。売上高1兆1,370億円、時価総額約1兆3,845億円で、F&LCの約1.4倍の規模を持つ日本最大の外食企業グループだ。すき家、はま寿司、ココス、なか卯などを傘下に抱えている。

ゼンショーの中期経営計画がまたすごい。「3年間で海外3,000店舗を新規出店」という目標を掲げている。タイにはすでに、すき家で進出済みだから、はま寿司はそのノウハウを活かした追加展開という位置付けだ。

こうして見ると、日本の寿司チェーンがタイに来る背景には、日本国内の人口減少による市場縮小と、海外での高い利益率という「プッシュ」と「プル」の両方の力が働いていることがわかる。

タイ側の事情:外食大国の「寿司ブーム」

じゃあ、なぜタイでそんなに寿司が売れるのか。

まず大前提として、タイは世界有数の外食大国だ。バンコクの中間層の約半数がほぼ毎日外食するという調査結果がある。キッチンがない住宅も多いし、外食の方が自炊より安いケースすらある。エンゲル係数は38%。デパートのレストランフロアに人が集まるのは、こうした構造的な理由があるからだ。

そして日本食の人気がすさまじい。タイ人の好きな外国料理のアンケートで、日本食は66.6%でダントツ1位。2位の中華料理が12.8%だから、5倍以上の差をつけている。JETROの調査によれば、タイの日本食レストランは2024年時点で5,916店舗にのぼる。2007年に約1,000店だったことを考えると、17年で6倍近くに増えたことになる。

この日本食人気の背景には、いくつかの文化的要因がある。

ひとつは王室・皇室の歴史的な友好関係。もうひとつは、タイに数十年にわたって進出している日系企業の存在で、「日本」がタイ人にとって身近なものになっていること。そしてドラえもんやワンピースに代表される日本のアニメ・マンガの浸透も大きい。「Made in Japan」は品質と安全の象徴として、タイではかなり強いブランド力を持っている。

さらに最近の日本旅行ブームが、これに拍車をかけている。2024年の訪日タイ人は114万8,900人で前年比15.4%増。旅行消費額は2,265億円と過去最高を記録した。日本で本場の寿司を食べた人が、帰国後に「あの味をもう一度」と回転寿司チェーンに通う。この「体験→日常消費」のサイクルが、市場を押し上げている。

SNSの影響も無視できない。タイのTikTokユーザーは4,438万人。グルメレビュー動画が大人気で、回転寿司のカラフルな皿は「インスタ映え」にぴったりだ。スシローが2021年にタイ1号店をオープンした日には、SNSバズの効果もあって1,000人超が来店したらしい。

回転寿司という「ちょうどいい贅沢」

タイ人にとって回転寿司がどれくらいの「贅沢」なのか、具体的に考えてみると面白い。

バンコクの民間セクター平均月収は約21,300バーツ。最低賃金は日額372バーツ(月約11,160バーツ)だ。スシローで5~8皿食べると200~400バーツくらいになる。一方、タイの一般的な外食は1食50バーツ程度。回転寿司は普段の外食の4~6倍の価格帯ということになる。

日本の感覚に換算すると、平均月収35万円の人がスシローで1,000円使うのは月収の0.3%。タイの平均月収21,300バーツの人が300バーツ使うと月収の1.4%。つまり、タイ人にとっての回転寿司は、日本人が感じるよりも4~5倍の「贅沢感」がある。

日本で言えば、普段500円のランチを食べている人が2,000~3,000円のランチに行く感覚だ。めちゃくちゃ高いわけじゃないけど、普段遣いでもない。この「ちょっとした贅沢」の立ち位置が、回転寿司の強さなんだと思う。

しかも回転寿司には「自分で皿の数をコントロールできる」という大きな利点がある。コース料理やビュッフェと違って、予算に合わせて食べる量を調節できる。このコントロール感が、所得層の幅広い顧客を取り込む武器になっている。

実際、タイの回転寿司市場はわずか5~6年で10億バーツ未満から約80億バーツにまで膨れ上がっている。

3社それぞれの戦い方

フューチャーパーク・ランシットに出揃った3チェーンは、それぞれ明確に異なるポジションを取っている。

スシローは先行者利益を最大限に活かしている。タイ1号店は2021年3月にセントラルワールドにオープンして、2025年9月時点で38店舗まで拡大した。全店直営にこだわり、ブランド管理を徹底している。価格帯は40~120バーツと幅広く、タイの回転寿司市場で圧倒的なシェアを持つ。問題があるとすれば、人気がありすぎて2時間待ちという「嬉しい悲鳴」状態が常態化していることだろう。

はま寿司は2025年11月に1号店(セントラル・ピンクラオ)、2026年1月にフューチャーパーク・ランシットに2号店をオープンした後発組だ。親会社のゼンショーはすでにすき家でタイに進出しているから、タイでのオペレーションノウハウはある。価格帯は40~80バーツとスシローよりやや安めに設定。デジタル回転レーン(タブレット注文で直接席に届く仕組み)という「流れない寿司」システムと、4種類の醤油というこだわりで差別化を図っている。

美登利寿司(活美登利)はプレミアム路線だ。2024年12月にセントラルワールドに1号店をオープンし、2025年12月にフューチャーパークに出店した。タイの企業Food Selection Group(セントラルグループ傘下)とフランチャイズ契約を結んでおり、これはスシロー(全店直営)やはま寿司(ゼンショー子会社の直営)とは異なる方式。職人による手握りを前面に出した差別化で、品質重視層を狙っている。

こうして並べると、低~中価格帯のスシロー、さらにお手頃なはま寿司、プレミアムの美登利と、きれいに棲み分けができているようにも見える。でも、1つのデパートの中で3つの日系寿司チェーンが共存し続けられるのか、正直わからない。

「すし戦国時代」のゆくえ

この先どうなるのか。

楽観的に見れば、タイの回転寿司市場はまだ伸びしろがある。業界のCAGR(年平均成長率)は9.35%と予測されているし、タイの日本食市場全体も2025年の21.4億ドルから2033年に34.6億ドルへ成長する見込みだ。

ただし、不安材料もある。

まず、タイの日本食レストラン全体の数が2025年に初めて減少に転じた。5,916店(2024年)から5,781店(2025年)へ。JETROの調査が始まって以来、初めてのことだ。回転寿司だけは伸びているけど、日本食市場全体としては成熟・淘汰のフェーズに入りつつある。

タイ経済も楽観できない。GDP成長率は2%台にとどまり、家計債務残高は対GDP比90.6%と高水準だ。2025年の1月から7月だけで国内8,069事業所が閉鎖に追い込まれているというデータもある。「てんや」や「ワッツ」など、日系企業の撤退事例も出てきている。

さらに競争は日系チェーン同士だけじゃない。元気寿司が2024年10月に3度目のタイ挑戦として1号店を出したし、タイ最大の財閥CPグループは日本の魚力と組んで、セブンイレブンの中に寿司レストランを53店舗展開する計画を進めている。コンビニ内の寿司という新しいチャネルまで出てきているわけだ。

消費者としては楽しい時代

正直、3社全部がうまくいくかはわからない。タイの消費者は「トレンド重視」から「生活実益重視」にシフトしつつあるという分析もあるし、低価格チェーンの乱立で価格競争が激化するリスクもある。

でも、消費者としては選択肢が増えるのは単純に嬉しい。

僕の今後の予定としては、しばらくはま寿司に通うつもりだ。安いし、空いてるし、システムも新しい。スシローの2時間待ちに並ぶ気力は、もうあんまりない。

ランシットの寿司戦国時代、勝者が決まるのはまだ先だと思うけど、少なくとも僕の中では今のところはま寿司がリードしている。単純に、待たずに食べられるのが最高なんだよね。

もっとも、はま寿司も人気が出たら結局2時間待ちになるのかもしれない。そうなったら、また次の選択肢を探すだけだけど。

コメント

タイトルとURLをコピーしました