
タイで働いていた日本人が定年退職後に「タイに住み続けたい」と考えたとき、まず名前が挙がるのがリタイアメントビザです。
僕はタイに来て25年、あと3年で定年を迎えます。会社を辞めるとワークパーミットとノンBビザを返上するので、次の滞在資格をどうするかは他人事ではありません。周りの先輩たちの選択を見ていると、「タイに住み続ける」の一択でリタイアメントビザに決めていた方が、後になって落とし穴に気づくことが少なくないです。
この記事では、2026年時点のリタイアメントビザについて、
- 3つの類型(Non-O/O-A/O-X)と使い分け
- 80万バーツ預金と月収65,000バーツの要件の実務
- 意外と知られていない落とし穴(就労不可・保険料・持ち込み課税)
を、代行業者さんのサイトには書いていない目線でまとめました。個別の判断が難しいところは、正直に「実務経験のある方の話を聞いたほうがいい」とも書いています。
目次
リタイアメントビザは3類型ある
「リタイアメントビザ」は俗称で、正式にはノンイミグラント・ビザ「O」(引退目的)と、その派生の「O-A」「O-X」の総称です。共通して50歳以上の外国人が対象。3つは似ているようで、取得場所・期間・要件がわりと違います。
| Non-O(引退目的) | O-A | O-X | |
|---|---|---|---|
| 取得場所 | タイ国内で切り替え | 日本の在日タイ大使館・領事館 | 日本の在日タイ大使館・領事館 |
| 期間 | 1年(毎年延長) | 1年(毎年延長) | 5年+5年(最長10年) |
| 健康保険加入 | 任意 | 必須 | 必須 |
| 資金要件 | 80万バーツ/月収65,000バーツ等 | 80万バーツ/月収65,000バーツ相当 | タイに300万バーツ以上 |
| 対象国籍 | 全国籍 | 対象国のみ(日本含む) | 対象国のみ(日本含む) |
O-Xは高資産向け(タイに300万バーツ=約1,300万円以上)で、対象になる方は限定的なので、この記事ではNon-OとO-Aを中心にお話しします。
「日本で取るか、タイで切り替えるか」
Non-OとO-Aの大きな違いは、取得のタイミングです。
Non-Oはタイに来てから切り替える方式です。日本で30日のノンイミグラント・ビザ(TR)を取ってタイに入国し、タイ国内でNon-Oに切り替えて、そこから1年ずつ延長していく——これが定石。もしくはタイ在住中に手続きします。
O-Aは日本で事前に取得する方式です。日本にいる間に大使館で申請して、健康保険にも加入してから、そのビザでタイに入国します。
どちらも「1年延長を毎年続けていく」点は同じです。ただしO-Aは健康保険加入が必須で、この保険料が意外に大きな話になります(後述)。
タイに既に住んでいて仕事から引退する方は、Non-Oのほうが自然です。O-Aは日本に一度戻ってからタイに移住する方向けです。
資金要件の実務:80万バーツ or 月収65,000バーツ or 組合せ
リタイアメントビザで一番よく聞かれるのが資金要件です。3つの選択肢があります。
- タイの銀行口座に80万バーツ(約340万円)以上を維持
- 月収65,000バーツ以上の証明(年金証明など)
- 40万バーツ預金+年間所得を組み合わせて、合計80万バーツ相当
日本人でよく選ばれるのは80万バーツ預金のパターンです。年金証明を毎回タイ大使館で認証してもらう手間を考えると、預金のほうが実務的にラクだからです。
80万バーツ預金の「見えない拘束」
ただしこの80万バーツ、単に「口座に入れておけばOK」ではありません。拘束期間があります。
- 申請時点で3ヶ月以上その残高が維持されていること
- ビザ更新後も、その後3ヶ月間は80万バーツを維持すること
- それ以降の残りの期間も、40万バーツを下回ってはいけない
つまり実質的に、80万バーツはずっと動かせないお金になります。「万一のときに崩せる貯金」というより「滞在資格の担保」だと割り切って考えたほうがいいです。
物価が上がっているタイで、340万円が定期預金みたいに固定されるのは、資金効率としては悪いです。この80万バーツをどう置くか(普通預金/定期預金/どちらの銀行か)は、金利や引き出しやすさで意見が分かれます。
月収65,000バーツの落とし穴
月収65,000バーツで申請する場合、これを在日タイ大使館か、退職者本人の国の大使館・領事館で認証してもらう必要があります。日本人の場合は在タイ日本大使館で「年金証明書」を発行してもらうのが定型です。
年金の受給が始まっていない50代前半の方は、この経路は使えません。事実上、年金受給開始後(65歳前後)以降の選択肢と考えるのが現実的です。
O-Aの健康保険:55〜65歳で保険料が跳ね上がる
O-Aで申請するときの一番大きな壁が健康保険の加入義務です。要件は、
- 外来 40,000バーツ/入院 400,000バーツ以上の補償
- タイの保険会社、もしくはタイで認可された海外保険会社の保険
年齢が上がるほど保険料は上がります。特に55〜65歳のレンジで一気に上がる感覚があります。健康告知で持病があると、加入自体を断られたり、保険料がさらに割増になったりします。
「タイに住むから、タイの保険会社の保険なら安いのでは?」と思われがちですが、この年代の保険料はタイの保険でもかなりの額になります。海外旅行保険とタイの民間医療保険の比較は別記事にまとめてあるので、参考にしてみてください。
Non-Oは健康保険加入が任意なので、既にタイに住んでいる方は「Non-Oで切り替えて、保険は別途最適なものを選ぶ」ほうが自由度が高いです。
就労は「一切」できない:これが意外と知られていない
リタイアメントビザで一番見落とされがちなのが、就労が一切できないという点です。
- タイの企業への就労はもちろん不可
- 日本人学校での講師業も不可
- タイの日本人会でのセミナー講師も、対価があれば不可
- タイ在住の友人・知人にちょっとした仕事を頼まれて対価をもらうのも不可
これはワークパーミットが取れないビザなので、タイ国内で報酬が発生する労働は制度上すべてアウトということです。「無償なら大丈夫」も微妙で、少なくとも「継続的な役務提供」に該当するとリスクがあります。
定年後に「日本語講師で小遣い稼ぎ」「タイ料理を教わりに来る日本人向けのアシスタント」「日本人向けの通訳」——こういった働き方をイメージされている方は、リタイアメントビザだと制度上できません。
もし少しでも働きたいなら、選択肢はLTRビザ(就労可の区分)か、ノンB+ワークパーミットの2択です。ハードルはどちらも高いですが、それでも仕事を続けたい方は、その方向を検討することになります。
年次更新と90日レポート
リタイアメントビザは1年ごとにイミグレーションで延長申請が必要です。
- 期限満了の45日前から申請可能
- 手数料は1,900バーツ
- 資金要件(80万バーツの維持など)を毎回証明
これに加えて90日レポートがあります。タイに90日以上連続滞在した場合、90日ごとに「私は今この住所に住んでいます」という報告をイミグレーションに提出する義務です。
- 期限の15日前から7日後まで(つまり3週間の窓)
- 直接イミグレに出向く/郵送/オンライン申請のいずれか
- 期限を過ぎると2,000バーツの罰金
これは思ったより地味に手間で、うっかり期限を過ぎる方も少なくないです(僕の周りにも何人か)。オンライン申請は便利ですが、システムがしばしば不安定なので、直前まで放置しないのがコツです。
なお、LTRビザだと90日レポートが年1回でよくなるので、この点はLTRの実務的なメリットとしてよく挙げられます。
持ち込み課税との組み合わせ:2023年以前と2024年以降の管理
2024年1月から、タイの税務ルールが変わりました。タイの税務居住者(暦年180日以上タイにいる)が国外源泉所得をタイに送金すると、稼いだ年に関わらず課税されます(Por.161/2566)。
リタイアメントビザで住み続けるなら、当然180日以上滞在するので、あなたはタイの税務居住者です。日本の年金・不動産所得・利子配当・退職金——これらをタイに送金する時、この持ち込み課税が絡んできます。
ただし救済もあります。
- 2023年12月31日以前に発生した所得は、いつ送金しても非課税(Por.162/2566のグランドファザリング)
- 日本で既に課税されている所得は、日タイ租税条約で二重課税が調整される
実務的には、2023年以前の蓄えときっちり分けて管理することが大事です。銀行口座を分けて、「これは2023年以前の分」「これは2024年以降の年金分」と可視化しておくと、後で税務署に説明できます。
なお2025年に「発生年+翌年内の送金は免税」とする2年猶予の緩和法案が提案されましたが、国会解散で棚上げになっています。2026年時点では厳格ルールのままと考えて設計するのが安全です。
リタイアメントビザが向いている人・向いていない人
ここまでを踏まえて、向き不向きを整理します。
向いている人
- タイに住み続けることを決めている(日本に戻る予定はない)
- 50歳以上で、80万バーツの資金を長期に拘束できる
- 仕事はしない(年金・貯えで生活する)
- 健康状態が良く、O-Aの健康保険料が現実的な範囲
向いていない人
- 定年後も少し働きたい(→LTRかノンB+ワークパーミット)
- 日本にも生活の本拠を残したい/二拠点にしたい(→DTVを検討)
- 健康告知で保険加入が難しい/保険料が高すぎる(→Non-Oで保険を別建てで検討)
- 資金は将来のために動かしておきたい(→80万バーツ拘束を再考)
まとめ:リタイアメントは選択肢の一つに過ぎない
リタイアメントビザは「タイに住み続ける」を選んだ方にとって、もっとも定型的な選択肢です。ただ実際には、
- 就労が一切できない
- 80万バーツを長期に拘束される
- O-Aの健康保険料は年齢と共に上がる
- 持ち込み課税で税務設計が必要
——これらを踏まえると、「タイに住み続けたい人が全員リタイアメントビザを選ぶべき」というほど自明ではありません。
DTV(日本拠点+タイに通う)、LTR(就労可+税制優遇)、ノンB+WP(就労の正攻法)——他の選択肢と並べて、自分の生活設計に合うのはどれかを見比べるのがおすすめです。
→ 定年後もタイに住む?日本と行き来する?タイ長期滞在ビザの選び方【2026年版】
そして、リタイアメントビザに切り替えるタイミングというのは、多くの方にとって会社を退職してワークパーミットを失うタイミングと重なります。この同じタイミングで、タイの社会保険から出る年金一時金の申請もできるようになります。
僕は本業で、タイで働いた日本人が受け取れる年金一時金の申請サポートをやってきました。定年退職された方の申請代行や、社会保険番号が分からない方の記録調査もお引き受けしています。
→ タイで働いた日本人がもらえる年金一時金の解説と診断ツール
※この記事は2026年7月時点の情報です。ビザ制度・税制は変更されることがあります。実行の際は必ず最新の一次情報(タイ外務省、在日タイ大使館、BOI公式など)をご自身でご確認ください。


コメント