中国への旅行中は、中国に関する本を何冊か読んだ。その中で、最も面白かったのがこの本だ。
いまのところ僕の今年のベスト本である。内容を簡単に紹介しよう。
目次
安田氏がバンコクで出会った中国人
中国関係のライターをしている日本人の安田氏は、旅行でバンコクに寄る。バンコクでは仕事のネタ探しのため、ネットで見つけた亡命中国人を取材した。この中国人が「俺の友達のなかで、いちばん凄いやつを連れていく!」と紹介してくれたのが、この本の作者の顔(がん)伯鈞氏である。
顔氏は中国政府の弾圧から逃げて、9日前にバンコクに着いたばかり。そして彼は、数十万字に及ぶ逃亡の手記を書き溜めていた。それを知った安田氏は顔氏に申し入れる。
「顔さんの逃亡記を僕に預けてください」
そして安田氏がこの手記を抜粋・翻訳して出したのが本書である。なんという劇的な幕開け。そしてこの逃亡記がすごすぎる。
顔氏が亡命するほどの大罪とは!?
中国からタイに亡命するほどの罪って、一体何をやったんだ?と疑問に思うだろう。僕も思った。
実は顔氏、中国共産党の最高学府・中央党校の修士卒で、共産党員である。これだけ見ると、反体制派というよりも、バリバリの体制側。むしろ反逆者を取り締まってもいいくらいだ。
顔氏が行った政治活動は、「公盟」という非常に穏健な活動団体で、最盛期には全国で10万人が参加。「公盟」の最も積極的な活動は、「党官僚の財産公開」を街頭で求めただけだった。
顔氏は当初、腐敗根絶は習近平主席の方針であり、財産公開はその方針に沿っている、政府の反対はない、と考えていたようだ。しかし当局はメンバーを次々に拘束する。
え、「党官僚の財産公開」を求めただけで!? 中国政府、厳しすぎである。
そして逮捕を身近に感じた顔氏は逃亡の旅に出る。本のタイトルにある通り、この旅は逃亡・逮捕・拷問・脱獄・盗聴・尾行・監視などの連続。凄まじいものである。また、ミャンマーの中国人軍閥についても詳しく書いてある。
興味がある方は、ぜひ本書を読んでほしい。
中国~ミャンマー~タイの亡命ルートの詳細が明らかに!
この本には、顔氏が実際に使った、中国からタイへの亡命ルートが詳細に記されている。タイ在住者としては非常に興味深いので紹介したい。
まず顔氏は、中国の景洪からミャンマーのモンラーに密入国する。ここは元紅衛兵の四区軍閥が支配しており、ミャンマー政府の権力が及ばない区域である。国境で53元の手数料を払うと密入国できる。
ミャンマーのモンラーからは陸路でチャイントンを経て、メコン川のスオレイ港へ移動する。この移動では中国の公安当局らしき車に追跡され、危ないところで逃れている。もし捕まっていれば中国に送還されていただろう。
ミャンマーのスオレイ港からは船でメコン川を下り、ラオスのゴールデン・トライアングルに入国する。ここではパスポートは不要で、中国の身分証を見せるだけで入国できる。
顔氏はここで、対岸にあるタイ・チェンセーンから渡ってきた1組の男女と出会う。女性は中国人名を名乗り、男性はタイ人の警察官だと自己紹介する。彼らはタイへの移動を請け負う蛇頭だった。
顔氏は蛇頭の手配により、ゴールデン・トライアングルからフアイサーイまで400元で陸路を移動した後、地元の漁師に100元を払い、対岸のタイ領チェンコーンに送り届けてもらう。もちろん密入国だ。
そこからチェンセーンを経てメーサイに着くと、とある農家に連れて行かれる。そこには十数人のミャンマー人密航者がいた。全員がワケありで名前を呼べないため、腕にマジックで書かれた番号で呼び合ったそうだ。
そこからピックアップトラックを乗り継ぎ、チェンマイに着く。チェンマイで長距離バスの運転手に「入れ」と促されたのは、恐るべき空間だった。バスの荷物室にある、幅40cm、高さ60cm、長さ4mほどの棺桶のような穴。同行していた女性は「無理」と泣き叫び、パニックに陥る。しかし彼らはその空間に入り、12~13時間かけてついにバンコクへとたどり着く。
いままで読んできた本で、密入国のルートをこれだけ詳細に書いたものはなかったと思う。これひとつだけでもすごい話だ。
顔氏のその後は?
この本が出版されたのは2016年6月。その1年半後の2017年12月に、安田氏による顔氏のインタビューが文春オンラインに掲載されている。
そして顔氏は、タイで中国当局と思われる人物から執拗に追いかけられたため、ついにタイも脱出。2018年9月27日から100日以上にわたり、台湾の桃園国際空港の制限エリアで暮らしている。
現在の顔氏がどうなったのかは不明だ。まだ台湾の空港で暮らしているのかもしれない。今後どうなるのか心配である。